「狂言」は、今から約700年前(室町時代)に「能」と共に確立され、この2つの芸能を束ねた呼び名「能+狂言=能楽」として、現在まで「能楽堂」と呼ばれる専門の劇場で「能」と交互に演じられてきました。
「狂言」は、「当時の日常生活」を題材にした「対話劇」で、言葉も「〜でござる」というように、当時の会話で用いた言葉で物語が展開します。“喜怒哀楽や人間らしいおかしさ”などを庶民的な観点から、「喜劇的」に描く曲(演目)がほとんどです。
能楽師狂言方は、「狂言」を通して発祥当時の生活風習・慣例とともに、日本の伝統文化を継承・体現して今に伝える伝達者といえます。
狂言の流儀は、現在「大藏流」と「和泉流」の2つに大別されています。「大藏流」は、今から約700年前、比叡山の学僧で後醍醐天皇の侍講を勤めた玄恵法印が、比叡山で暮らす三千人の宗徒たちに、混迷の世にあってなお人として生きる道を説き、その教えを分かりやすく伝えるために演じたのが「狂言」の始まりといわれます。
中でも、11世大藏彌右衛門虎政は、群雄割拠の戦国時代に活躍した狂言方で、虎政の名乗りも、織田信長から「虎」の一字を拝領したことによると書に著されています。以来、代々名乗りに「虎」の一字を用いるのがならわしとなりました。さらに、その虎政の息子にあたる12世虎清は、豊臣秀吉、徳川家康に仕えてきたという連綿とつづく歴史があります。
大藏基誠 Motonari Ohkura
能楽師狂言方大藏流 能楽協会東京支部会員
1979年東京生まれ。25世大藏彌太郎の次男、祖父の彌右衛門、父の彌太郎に師事。3歳から稽古を始め、5歳の時「以呂波」にて、初舞台を踏む。今日までに「末広がり」「三番三」「釣狐」を披く。各能楽堂での公演はもちろん日本各地での学校狂言や海外公演、子供達にわかりやすい狂言教室・養護施設でのボランティア活動と幅広く狂言、能楽界の発展に意欲的に取り組む。2005年から大藏基誠が狂言を指導する稽古場「誠翔會」を主宰。最近はロッテアイス「和のしずく」TVCMへの出演他、テレビ映画出演など、活躍の場を広めている。
附子(ぶす)や棒縛(ぼうしばり)を始めとする様々な“大藏流狂言”の上演と、大藏基誠の「狂言」についてのお話、および「曲」についての解説などを行います。
上演時間は、全体で70分程度が基本となります。なお、上演する演目は、季節や土地柄に応じて決定していきます。詳しくは、その都度のご相談となります。
一行人数
出演者6〜7名、スタッフ3名、計9〜10名(予定)
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